おさしづ配信

一度定めた心。さんげ。

おさしづ配信

「一度定めた心変わらん一つが天然自然の理…。」(明治21・4・4)

おさしづの中には、この「天然自然」というのがたくさん出てきます。神様とは自然である、天然である、と思っている人もいると思います。この神様の理…天然自然の理が頂けるようになるためには、一度定めた心を変えないことです。
仮に、お酒の好きな人がおたすけにかかって、「この人にたすかっていただくまで酒をやめます」と定めると、その心定めを破るほかないような場面に必ず出合うものです。これでもか、これでもかと試されるものです。その中、変わりなく守り抜いてこそ、天然自然の理が頂けることになります。

「さんげだけでは受け取れん。それを運んでこそさんげという。」(明治29・4・4)

運ぶとは、実行に移すことですね。通り返し、埋め合わせ、償いを実際にさせていただくことです。お詫びだけではさんげにならないのですね。
借金してなかなか返せずに、お詫びばかりで一文も返していないと、「お詫びよりも、とにかくお金を返してくれ」と言われるでしょう。それと同じと考えればよいでしょうね。
愛町の初代会長様は、目の患いから前生を悟られ、ご守護を頂いたことによってその確証をつかみ、一代は乞食に落ちるいんねんと自覚され、そのさんげの一生であったと言うことができるかもしれません。それを守り抜いたので、天候も左右できるほどの、天然自然を動かすほどの理と徳を頂けたのですね。(渡部与次郎、「続おさしづに学ぶ – 朝席のお話」、天理教道友社)