おさしづ配信

心次第の道

おさしづ配信

「一言の理は万言の理に当たる。…この道は心次第の道。一条の道を万筋に通るは皆心という一つの理から出る。…ようようにをいある間に結んでくれ。にをい褪めてからはどうもならん。皆千切れ千切れである。千切れ千切れになりてからは、容易な事では繋がれん。…あの者には義理や、この者は放って置けん、という人間心の理から世界の曇りとなる。数々の曇りは皆この理一つにある程にある程に。」(明治30・2・1)

たった一言の言葉が人の生命を救い、人の運命を転換させてくれることもあります。けれども、受け取り方でその一言が千筋にも変わります。万筋にも変わります。その心一つで、良くも悪くも変わります。
また、その一言を伝え、”にをい”をかけ、心を道に結んであげるにも、旬というものがあります。特に、”にをい”なんてものはさめやすいので、”にをい”のある間に伝える必要があります。こっちの都合を言っていては旬を逃してしまいます。
わが子を育てるのと同じく、常に心を離さず、鉄は熱いうちに打たねばならないので、時機を外さず教えの理を伝えることが実に大事です。
わが子であったら、どんな子も等しくかわいいものです。すべての人は皆親神様の子供なのですから、あんな人、こんな人と差別せず、えこひいきしないで、色眼鏡をかけずに見ていかねばなりません。
一生に一度しか使わぬ道具もあり、毎日使う道具もあります。どちらも無くてはならないものです。どんな人が、いつどんなことに役立つか分かりません。ですから、少しでも排斥の心があってはなりません。風邪から肺炎になって咳が出ると、その心を使うな、とのおさしづになったりします。
舌や口の病も、そんな心や言葉を使うといけないよ、とお諭しいただく場合があります。おたすけに出て、相手を鏡にしていろいろ勉強させていただいてことを、自分自身をだんだんと変えさせていただけます。
おたすけはおたすかり、と言われるのはそこですね。おたすけによってこそ、人間は本当の人間へと成人させていただけるのですね。(渡部与次郎、「続おさしづに学ぶ – 朝席のお話」、天理教道友社)