神一条事情は五十年以前より、学者がしたのでもない、文字から出来たのでもない、智慧より出けたのでない。さあ/\聞いても居るやろ、見ても居るやろ。何も無い処より始め出来た道。何でも彼でも通らにゃなろうまい。(明治21年6月6日)
この信仰の道は、おやさまが付けかけてくださった世界たすけの道である。おやさまは、全人類を一人残さずたすけ上げたい、との思召を明かされた。なんと壮大なことではないか。
このおやさまの思い。それは人間をはじめかけ、いまもご守護くだされている親なる神、天理王命の思いそのものである。この、人間をたすけ上げたいという思いの道は、神一条の道という。
それが五十年以前、つまり、このお言葉は明治二十一年(一八八八年)のものであるから、天保九年(一八三八年)に始まった。それは、学者がしたのでも、書物に記されたものでも、あるいは人間の知恵から生まれたものでもない。ほん何でもない農家の女一人から始まった、といわれる。そのことは、聞いているだろうし、また、実際に見てもいただろう。すなわち、親神様が、おやさまに入り込まれたということを。
専門的な言葉でいえば、「啓示」の出来事が、おやさまに起こったのである。そして、親神様の思いそのままに、たすけの道をひらかれた。その道すがらは「ひながたの道」と呼ばれる。何もないところから多くの先人が、おやさまのお導きを頂いて、わが家わが身を忘れて尊い歩みを残されている。全人類をたすけ上げるために、この神一条の道を、おやさまのお心を心としてお通りくだされたのである。
私たちもその後を、「何でも彼でも」勇んで通らせていただこう。よふぼくの使命はここにあり、である。(安井幹夫、「今日は晴天、今日は雨 おさしづ百の教話集」、天理教道友社)
