この道というは、今日や昨日や成りた道やない。皆心という、いつと無くして通りたこそ今日の日、めん/\もなあ、これまで心で思わいでも神が見通し、よく聞き分け。これまで通り難くい運び難くい道通りた理は、容易で通られたんやない。(明治30年8月11日)
この道 ― おやさまが付けかけられた道、つまり天理の教えがはじめかけられた道によって、多くの人々がたすけられてきた。今日では、その教えの結構さが分かり、その教えを信じる人たちも増えてきたが、こういう姿は、今日や昨日というような短い間に成ったものではない。
おやさまが、この教えを伝えかけられてから二十数年というものは、村人からも相手にされず、憑きものや、気が違った、などと罵られ、笑われ謗られてお通りになった道中があった。
そして、ようやく人々が「庄屋敷の安産の神様や」と言って、参り始めるようになってからでも、四十年近く(明治三十二年現在で)経つのである。その間、不思議なたすけに浴し、おやさまのお話に皆が心を寄せ、自分のことは後回しにしてでも、人だすけのうえにつとめてきたからこそ、今日の日がある。大勢の人が寄り合うて、賑やかな、ありがたい道になったのである。
たすけ一条の道を歩む銘々の道中も、そうしたことは同じであろう。そんなことは神が見通している、と仰せになる。通りにくい、運びにくい道を通ってきた、その心というものを考えたとき、楽々の容易なものではなかったのである。
教会の道も、また然りである。初代からの苦労の道があればこそ、また、共に歩んでくださった信者さん方がおられればこそ、今日の結構がある。長らえて楽しんで、この道を通らせていただこう。(安井幹夫、「今日は晴天、今日は雨 おさしづ百の教話集」、天理教道友社)
