おさしづ配信

言葉一つの理で自由という

おさしづ配信

これまで尽す中に、どうとうは更々持たず、知らず/\の道があろ。…諭するいんねん、言葉一つの理で自由という処聞き分け。…一寸案じること要らん。案じてはならん。(明治25・11・1)

親神様から、教祖から伝えられたお言葉に添った言葉が、上から下へと素直に伝えられ、素直に受けて守られていくなら、自由にたすけられていきます。
けれども、運び尽くす中にも、素直になれない心があったり、喜べなかったり、愚痴不足が出てくるようでは、たすかってはいけないのですね。
知らず知らずの間に、あるいはうっかりと気づかず、そんな方向にそれたりしがちですが、それもこれもいんねんに負けているからなので、親の理を立て切って、親の言葉を頂いて事を進めていくなら、自由自在に通らせていただけるでしょうね。(渡部与次郎、「続おさしづに学ぶ – 朝席のお話」、天理教道友社)