おさしづ配信

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古き者より改め

「道これ一つ一つ古き者より皆改め。互い互い知らせ合い、皆仕込まにゃならん。皆これこれいついつまで子供子供言うて居てはどうもならん。」(明治22・4・26)
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両手で重きはならん

「無き処の事情事情、一里何里と言う。歩み難ないと事情から事情、この事情難しい。…片手で物持つ。重いと言う。両手で持てば軽きと言う。両手で重きはならん。これ一つ諭し置こう。」(明治26・4・25)
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気の間違い

「間違い間違い、憑きもの化けもの、心の理が化けるで。一つの理はどうもならん。あんな人何故なる。人間一つの理を持って生まれる。…憑きもの化けもの一つ心理を障る神は無い。」(明治25・4・19)
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末代

「さあこれまで長らえて道、どうでも何でもと思うて寄りた一つ精神、精神こうのうという。一つ尋ねる。尋ねる心理は一つ。そこでめんめん心理は末代と言う。この心持って、やれ頼もしいやなあと言う。」(明治35・4・12)
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嬉しい治まれば嬉しい治まる

「何か万事の処、嬉しい治まれば嬉しい治まる。はあと思えばはあとなる。さしづはどうせこうせこれは無い。」(明治32・4・5)「日々嬉しい一つの種は、一粒万倍に成りて日々治まりてくる」(明治24・12・19)というお言葉もあります。自分自身の自由になるものは、この世の中でたった一つ、自分の心だけです。けれども、このたった一つの心から一切が成ってきます。良くも悪くも、心どおりに成ってくるのですね。どんな心の種をまけばどんな実がなるのかが、だんだん明らかになるにつれて、また自分の心一つが自分の自由になるにつれて、自由の領域が広がってくるということ、実にうれしいことですね。 よろこべば よろこび事が よろこんで よろこび集めて よろこびにくる能登の銘菓『よろこび』の包み紙に書かれているこの歌もまた、このおさしづのお言葉のとおりの真実を証明してくれています。(渡部与次郎、「続おさしづに学ぶ - 朝席のお話」、天理教道友社)