おさしづ配信

勇む事に悪い事は無い

おさしづ配信

さあ/\皆勇んで掛か皆勇んで掛かれ。勇む事に悪い事は無いで。あちらこちら神が駆け廻り、修理肥を撒いたるようなもの。これは容易でなかった。(明治33年10月31日)

勇むという心のあり方は、このお道において、たいへん重要である。
人は生きていく中で、つらいことや困難なことに必ず出合うが、勇んで掛かっていくことが大事だといわれる。ともすれば、つらく苦しいときは心を倒し、どうにもならなくなって、心がいずんでしまいがちになる。
そんなとき、心が倒れたままであれば、事態はますます、より難しい、より苦しいほうへと向かう。倒れた心は、自分で立て直すしかない。でも、それは簡単なことではない。そんなときこそ、勇んで掛かることが大事である。目の前の困難や苦しいことを越えていくには、そうした心のあり方が求められる。
それには、教会で親神様の話を聞かせていただくことである。それしか心が開ける道はない。心を親神様に向けて、親神様のおはたらきを頂戴するのである。そこに、おのずと勇み心が湧いてくる。
しかし、いくら話を聞いても、自分がそうだと思わなければ問題は解決に向かわないところに、わが心でありながら、どうにもならないものがある。
おつとめは、世界を勇めかけていくために勤められるのであるから、それに参拝し、他の「勇み」を願うところに、自らもいつしか勇むことができるのである。そこに運命が好転し、事態が解決に向かう。まず、何がなんでも勇む、という心の向きをもつことである。
人が勇めば神も勇んでくださる。神が勇めば、どんなはたらきをお見せくださるか分からないのである。(安井幹夫、「今日は晴天、今日は雨 おさしづ百の教話集」、天理教道友社)